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名前の持つ力

2/25のブログです。


こんばんは。

法善寺住職の中山龍之介です。


『宗教を知ろう』が終わり2日経ちました。すっかり一段落しましたが、何だか体の重さは変わらず。体調が悪いわけではないのですが、どこか張り詰めていたものが少し解けたのかもしれません。今日は子供の寝かしつけで一緒にガッツリ寝てしまい、日付をまたいでしまいました。


気が付けば2月も残りわずか。3月になったらお彼岸もありますし、5月には襲職披露も待っています。のんびりしてられませんので、またネジ巻き直して頑張ります。まずは家庭通信書かねば。。。


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名前の持つ力

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巷でよく言われているようなことですが、名前を付けるってとても大事なことなんだな、と最近また強く思うようになりました。


上司が立場や権力を盾に部下に不当な圧力をかけることを『パワハラ』と呼んだり、性的な言動による嫌がらせのことを『セクハラ』と呼んだり・・・。何もハラスメントに限ったことではありませんが、これらの事象は昔から存在していて、近年になり『パワハラ』や『セクハラ』という名前を得ました。それによって行為が定義づけられ、多くの人の中で『パワハラっていけないよね』『セクハラするなんて最低ね』という認識が広まったわけです。


今回開催した『宗教を知ろう』もそうですね。そのネーミングが良いのか悪いのかは置いておいて(#分かりやすさ重視)、名前を付けたことで企画が走り出した、名前を聞けば企画が何となく分かる、ということは間違いなくあります。特に第1回から観覧してくれている方々はこの名前を認識してくださっているはずなので、『『宗教を知ろう』で次はこんなこと考えてて・・・』みたいな会話が成立すると思います。


そう考えると、名付けるという行為は、その物事なりを皆さんに認知してもらおうとするときの第一ステップです。マーケティングでは、人がモノやサービスを購入するまでの流れを表したAIDMAなんて言葉があります。Attention(注意・認知)→Interest(興味)→Desire(欲求)→Memory(記憶)→Action(行動)という流れです。これを見ても、名付けるという事がいかに大事なのかが見えてくるでしょうか。


個人的にここ数年で、名付けで大きく2回頭を抱えました。そうです、子供の名前を考えたときです。先述した『宗教を知ろう』では、こんな会にしたいなという想いがあったし、企画の目的もはっきりしていたのであまり悩みませんでしたが、子供の場合は全くの別物です。こうなって欲しいと思ったところでそんな理想通りに事が進まないことも知っていますし、かといってこちらの想いも少しは乗せたい。


そもそも、子供たちは今から生まれるわけで、言うならば完全なる新キャラです。そんな彼らにどんな名前を付けたら良いのか、というのは難易度高すぎです。妻と一緒に考えていくつか候補を出し、よしこの名前にしようかと決めましたが、はっきり言って最後までしっくり来ることはありませんでした。生まれてから、しっくり来ない中でも名前を呼び続けるうちに定着してしっくり来てくる、という感じでしょうか。


ちなみに人の場合、名前はあくまで記号かなと思っています。また、これからはパソコンやらスマホやらで名前を打つことがほとんどでしょうから、変換してすぐに出て来る名前というのも条件でした。だからあまり個性的な名前にはしていません。もしこれから親になる方がいらっしゃれば、ご参考にしていただけると嬉しいです。


今日もブログをお読みいただきありがとうございます。なんか結局何が言いたいのか分からなくなってしまいました。このブログにも、何か名前を付けた方が良いのかもしれません。それが道しるべになるはずです。



南無阿弥陀仏

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