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幸福は分け合っても減らない

5/1のブログです。


こんばんは。

法善寺住職の中山龍之介です。


久々に花粉症時のモーニングアタックに襲われました。原因は何だろうと考えたところ、十中八九昨日お座敷で焚いた蚊取り線香であるだろう、と辿り着きました。


室内で、間近に、あの煙を数時間も浴びることは、花粉症持ちには良くないみたいです。あまりそんな機会はないかもしれませんが、皆さんもお気をつけ下さいませ。


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幸福は分け合っても減らない

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さて、今日から5月に入りました。毎月のことですが、お寺の掲示板を新しくしました。


今月は、『幸福は分け合っても減らない』と書きました。3日の永代経法要での『布施』をテーマにした法話を意識した言葉ですが、普遍的なものでもあります。


お釈迦様は幸福のことを、蝋燭の火に例えられたそうです。ある一本の蝋燭に着いた火が他の何本の蝋燭に燃え移ったところで、最初の一本の蝋燭の火が消えることも、早く燃え尽きることもありません。幸福も同じ様に、分け合っても減らないものだ、と説かれたそうです。


物品を布施すると、それは確かに減ってしまいますが、布施できるのはそれだけではありません。笑顔で接する、優しい言葉を使う、寄り添った心遣いをする、これらも立派な布施ですが減ることはありません。そして布施を受けた人の心には、暖かい感謝の気持ちが宿るはずです。


インターネットの普及により、贅沢な暮らしをしている人や、羨ましい体験をしている人の様子がダイレクトに届いてしまう時代になりました。情報が民主化されたのは良いことでもあるのですが、それによる弊害として、そういう人たちを妬み嫉む人が生まれてしまったのも事実です。


虚像に近いのですが、そういう人達の生活と自らを比べて、いまの生活が幸福に思えなくなってしまう。だから、何かを人に分け与えようなんて思えずに、結果としてどんどん孤立してしまうことになります。


幸せは、人との比較ではなく自分の心が決めることです。隣の芝はいつまでたっても青いもので、そこを見続けても幸福は手に入りません。自分の人生を幸福だと思い、この言葉を知っていれば周りにも幸せな気持ちを分け合うことができ、どんどんその輪は広がっていくのではないでしょうか。


経済的にだけではなく、心までも貧しくなっていると感じる昨今の日本には、やはり仏教が必要なはずです。そんな大役の一端でも担うことができればなぁと思いながら、また日々を歩んでいきます。


今日もブログをお読みいただき、ありがとうございます。明日は永代経の最終準備をするぞ。



南無阿弥陀仏

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