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明日からお彼岸

9/19のブログです。


こんにちは。

法善寺住職の中山龍之介です。


今日は台風一過、朝からとても良い天気でした。雲一つない青空を見ると大学時代にアメリカのド田舎で見た広い青空を思い出します。残念ながらビルに囲まれた東京ではなかなか広い空は拝めませんが、気持ちの良い気候であるのには変わりありません。


日中は30℃にも達したそうで、またもや真夏日が戻ってきました。とは言っても35℃を超えていた時に比べると全然涼しいですし、今日は風も通っていたのであまり暑さは感じませんでした。明日以降も晴天が続きそうです。そしてお彼岸のお中日はまたもや30℃を超える予報が出ています。寒暖差に気を付けて、体調を崩さないように過ごしていきましょう。


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明日からお彼岸 =============


さて、今日も昨日から引き続き御朱印の書き込み作業をセコセコとやっておりました。年忌法要も入っておりましたし、お彼岸ではありませんでしたが三連休の中日という事で、また昨日は天気が崩れたこともあって、今日は多くの方がお墓参りにもいらしておりましたので、空いている時間を見つけては(というか表を妻と母にお願いして)、御朱印の書き込みをしました。おかげさまで、とりあえず初日の分は書き終えられたかなというところです。


ということで、明日からお彼岸です。先日発行した会報誌『家庭通信』にも掲載した内容ですが、改めてお彼岸の由縁をお話しさせて頂きます。

『彼岸』は『此岸』の反対に当たる言葉です。此岸とは『こちらの岸』、つまり私たちが生きているこの世界を指しています。対して彼岸は『あちらの岸』、つまり亡くなられた方々のいる世界となります。


私達浄土真宗の門徒において、亡くなられた方々は西方極楽浄土に往生されています。お彼岸は、秋なら秋分の日、春なら春分の日がお中日となりますが、その日は太陽が真東から昇り真西に沈んでいきます。真西に沈み行く太陽を見ながら、西方極楽浄土に想いを巡らせ、亡くなった方々を悼んだのがお彼岸の起源と言われています。


また、太陽が真東から昇り真西に沈むという事は、昼と夜の長さが同じという事です。昼にも夜にも偏らないことが、仏教の『中道』を表しているとも言われています。中道とは、二つの対立する考えから離れることを言います。極端な考えに依らず、真ん中を歩むことが中道ですが、初期仏教では苦行と快楽を離れた中正な方法のことを指しています。


親鸞聖人は、比叡山での修業時代には大変な苦行にも挑まれたそうです。しかしその苦行では悟りを得ることが出来ず、山を下りて阿弥陀仏の御念仏の教えを説かれていた法然上人の弟子となられました。


それから親鸞聖人は、様々な苦難こそあれど命を削るような苦行はせず、かといって快楽に身を任せた生活もせず、懇々と阿弥陀仏の御教えを民衆に弘めていかれました。


どうしても我々は何かに依って物事を判断してしまいます。それが必ずしも悪いわけではありませんが、ふと立ち止まって俯瞰した視点から、中立の視点から物事を捉えることも必要なのではないでしょうか。


お彼岸期間中は本堂を開放しております。御朱印をご用意しておりますので、是非本堂の御本尊にもお参りくださいませ。



南無阿弥陀仏

 

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