15年前の今日
5/22のブログです。
こんばんは。
法善寺住職の中山龍之介です。
今日は仕事で少し浅草に行ってきました。今年に入って(というかコロナがまん延してから)、ランニング以外で浅草に行くことがめっきりなくなってしまいました。
今日はかなり久々でしたが、ホッピー通りはいつも通りの光景だった気がします。私は店には入っていませんが、外から見ていると生ビール的なものを飲む人、梅サワー的なものを飲む人、ホッピーを中的なもので割りながら飲んでいる人がいました。あれがアルコールなのかどうかは証明しようがありませんが、『美味しそうだな』と思ってしまったのも事実です。早くまた、気にせずお酒が飲める日が来ると良いなと思います。
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15年前の今日
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さて、今日は5月22日です。個人的な話になりますが、私の記憶が確かならば(Ⓒ料理の鉄人)15年前の2006年の今日、大学留学のためにアメリカに旅立ちました。
期待と不安に胸を躍らせて・・・と書きたいところですが、当時の自分は留学自体をあまり深く考えていませんでした。多くの日本人と一緒に渡米しましたが、到着翌日にウォルマートに行って、ハンガーやら洗剤やらデスクライトやらをみんなが買っているのを見て、『みんなここで生活するつもりなんか?』と思ったのを覚えています。
#それから4年半生活しました
そんな感じで始まった留学生活ですが、意外とこう見えて順応する力はある方なので、すんなりと馴染んでいきました。着いてから約3ヶ月は語学研修で、その間にTOEFLのスコアが基準点を超えれば大学の授業に入っていけます。
私は1回目のスコアがあともうちょいの点数だったので、そこから次の試験までの1ヶ月は、寝てる時間とご飯食べてる時間以外は勉強していました。正直言うと少し盛っていますが、人生で一番勉強した1ヶ月だったことは間違いありません。おかげで2回目で無事にパスすることが出来ました。
そこから2010年12月に卒業するまで、色んなことがありました。日本の大学に行ったことが無いので比較はできませんが、頑張っていても『卒業できないんじゃないか?』と思うことが何度かありました。『生きて帰れるのか?』と思うことも少しありました。でもどれも何とかなりました。恵まれています。
そんな忘れられない留学生活が始まってから、今日で15年が経ったという事です。時の流れの速さにはいつもいつも驚かされます。ちなみに更に15年さかのぼると、私は3歳でした。何の記憶もありません。
次の15年はどうなるでしょうか。年齢だけを見れば、子供たちは高校生になっていて、私たち夫婦はアラフィフになっています。お寺の建て替えも終わっていて(終わってなかったらヤバい)、そこでの生活も10年以上が経過しているはずです。
法善寺は『門徒さんと地域の方々のお寺』を目指しています。また、人口が間違いなく減少している日本において、葬式仏教からの脱却も考えなければいけないことです。そのために色々と試行錯誤しながら前に進んだり後退しながら日々を過ごしていますが、それが今よりは形になっているでしょうか。
やっぱり建替えてからじゃないと動けないこともありますし、動かないと分からないこともあります。建て替え後に向けて、こんなことしたいな、あんなことしたいな、と色々なアイディアはあり、それぞれ考えられる限り考えますが、それでもやっぱり現場と時代は常に変化していきます。仏教の教え・浄土真宗の教えを末永く伝えていくためにも、法善寺を永く存続させないといけないと考えています。
次の15年は、おそらく前の15年よりも早いはずです。何にもしてこなかったな、と思わないように日々頑張っていきます。
南無阿弥陀仏
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